春の日

ここのところ、外が随分とあたたかくなった。幼少の頃から、風に当たるのがすきなのだが、冬の風は骨身に染みるきびしさなので、近頃のまろい風がうれしい。
春休みのためか、自転車を漕ぐ小学生たちを、街でよく見かける。
どこからともなく漂ってくる、甘く酸っぱいような花の匂い(香りのいい紅茶にも似ている)と、風切り音に掻き消されないように張り上げられた、小学生たちの声のみずみずしさにこころが和む。

昨日の夜は、おかしな興奮の仕方をしていて、よくねむれなかった。
妙な焦りから、オレンジ色の間接照明の中で、色鉛筆を力一杯握って、がりがりと絵を描いていた。
ひとつ思い浮かんだ絵があって、今描かないと、「なにか」を取りこぼしてしまうという焦燥感があった。
手塚治虫先生が、黄色い照明の中でライオンの絵を描いたら、まっしろなライオンが出来上がってしまったから、黄色い照明の中で絵を描くのはよしなさい、と本の中で仰っていたが、煌々と照らされた照明の中で絵を描く気にはなれなくて、輪郭がぼやけた紙の中を手探りでもがいた。
結局、明け方ようやく眠り、昼頃起きた。


今日は吹奏楽団の演奏を聴きに行くと決めていた日で、寝不足と、ぱりっとしない天気のために、やっぱりやめて、家にいようかなという気持ちが首をもたげていたが、決めたことだと言い聞かせて着替え、なんとか家を出た。
行きのバスの中、中学生の男の子が、乗客のおじいさんにきつく怒鳴られていて、落ち込む。
男の子はバスの運賃の支払いの仕方がわからず、手間取っていたところを怒鳴られていた。
いつも左手首に着けている、天然石のブレスレットをぎゅっと握った。
気休めと知っていても、それはわたしにとって安心のお守りだった。
薬を飲むようになって、すこしはましになったものの、それでもやはり、人が傷つく場面を見るのは、胸の辺りが熱くなり、バクバクと脈打つ。

吹奏楽団の演奏は、よかった。
わたしと歳の違わない学生たちが、薄暗い照明のなかで、肉体を思うままに動かして、音を出していた。
目が悪いため、ステージにはやわく靄がかかっていたが、乳白色の靄のなか、金管楽器や打楽器たちが、キラキラ光を放っている光景は美しかった。
自分の肉体の動きが、美しい音に繋がるのは愉快だろうと思った。

帰りは桜並木を歩いて帰る。
まだつぼみはかたく閉じていた。

2024/3/17 さきふみこ

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